山口鉄也 #47
横浜商業高校→ダイヤモンドバックス傘下(2002年~2005年)→巨人(2005年育成ドラフト1位)
2008年成績 67試合 11勝2敗23ホールド2セーブ 防御率2.32 WHIP0.99
彗星の如くチームに現れた風神の名で愛された育成出身左腕
2005年の育成ドラフトで巨人に入団し、プロ2年目の2007年に支配下登録。
2007年は1軍でも32試合に登板するなど、実戦経験を積んだ1年となった。
2008年は当時の尾花高夫投手コーチから左のセットアッパーとして期待され、春のキャンプでフォーム改造に取り組む。
これが功を奏し自身初の開幕1軍入りを果たすと上原などの先発陣が苦戦する中、越智や西村と共にチームのブルペン陣を支える快投を続ける。
9月12日のヤクルト戦で球団史上初の全試合リリーフ登板での2桁勝利に到達。
この年は67試合に登板し11勝を記録し、阪神と最大13あったゲーム差をひっくり返す大逆転優勝に大きく貢献した。
中日とのクライマックスシリーズと西武との日本シリーズでも腕を振り続け、最後までチームの為にフル回転した。
この年の活躍がNPBに評価され、育成選手出身として初の新人王に輝いた。
翌年3月に行われた第2回WBCに育成出身として初めて日本代表に選出。
2008年から2016年まで9年連続60試合登板を達成する鉄腕ぶりで巨人黄金期を築いた。
2018年に現役を引退し、2019年に巨人のアカデミーコーチに就任。
その後は1軍から3軍の投手コーチを毎年転々とするなど忙しい日々を過ごしている。
2008年に同じくリリーフで頭角を現した越智大祐とは風神雷神コンビとしてファンに愛された。
また2013年にマシソン・西村と形成した勝利の方程式は「スコット鉄太朗」とネットを中心に呼びかけられたが広く認知される事はなかった。
海外から帰国しNPBの入団テストを受けた際、最初に横浜ベイスターズを受験したが不合格。
しかい当時のベイスターズ編成を務めていた亀井進さんが山口のプロ入りを後押しし、最後に受験した巨人で合格し育成で入団した経緯がある。
横浜と楽天のテストに落ちた山口は巨人のテストを受ける際、「どうせなら最後は強いところを受けよう」と記念受験感覚でテストに望んでいたという。


パワナンバー:13700 91651 06524
勝ち運:そらそうよ
逃げ球:2008年は73.2回で3被本塁打。
ゴロピッチャー:ゴロアウト91でゴロ割合42.5%。
対ピンチF:得点圏被打率.280(シーズン被打率.224)
この年のぐっさん大好き!いや投手山口鉄也は年に関わらず大好きなんですが特にね。
山口や2009年の松本哲也が出てきた時は育成選手を台頭させる筆頭球団になると思ってた時期が私にもありました。
9年連続60試合登板とか今の時代なら毎年壊れるとか言われるでしょうねぇ。
実際この時代でもそろそろ壊れるとか言われてた記憶があります。

コメント